お茶の歴史

お茶の歴史⑧

投稿日:2017年4月11日 更新日:

お茶の健康効果が次々に明らかになっている一方で、家庭でも、急須で丁寧にお茶をいれる習慣が減っています。お茶を飲む習慣は徐々に日本 から失われつつあります。日本での緑茶の生産量と、国内消費量も減少傾向にあります。

お茶を毎日飲むだけで、びっくりするくらいの健康効果があるのです。

お茶の歴史⑧

イギリス人が書いた茶の本「茶の博物誌」

18世紀、イギリスでお茶が生活必需品となり、イギリス人レットサムが「茶の博物誌」を著しました。内容は、チャの植物学的特質、茶の製法、紅茶・緑茶の種類、人体への影響など、文献や実験結果を基に詳しく論じられています。
ヨーロッパへ、茶が受け入れられた背景として、生水が飲めないという事情があります。河川が長かったり、硬水であったりして、ヨーロッパでは生水を飲める地域が少なため、古来牛乳やアルコール飲料(ワイン、ビールなど)が飲まれてきました。牛乳は加熱しても1日程度しか保存できず、アルコール飲料に頼ることになり、酔っぱらうことによる労働力の低下が懸念されていました。そこへ、アジアから魅力的な茶がもたらされることで一般へ広がっていきました。

出典:『茶の博物誌(茶樹と喫茶についての考察)』
ジョン・コークレイ・レットサム著、滝口明子 訳 講談社学術文庫

 

ボストンティーパーティー事件

アメリカ大陸は、もともとオランダ植民地だったため、上流階級ではお茶を飲む習慣がありました。その後、イギリスの植民地になってからもその習慣は続きました。
18世紀後半、イギリスは財政窮乏の末、アメリカ植民地に対する関税、直接税を強化したため、植民地住民はイギリス製品をボイコットします。イギリスはその報復としてお茶への課税を始めました。その結果、植民地でのお茶の消費量は激減し、本国では在庫過多に。すると、今度は在庫のお茶を無課税でアメリカ植民地に押し付けるために、お茶の在庫を積み込んだ4隻の船がボストン港へ向かいました。
1773年12月16日、このデタラメな税政策に怒った住民の一団が、船のお茶をすべて海中投棄するという「ボストンティーパーティー事件」が起こります。その後もイギリスの弾圧と植民地の反発がエスカレートし、1775年の独立戦争へと発展したのです。

 

イギリスのお茶好きが呼んだアヘン戦争

お茶を背景に、国際情勢に大きな影響を与えた戦争が、もう一つあります。
17世紀、イギリス貴族に流行したお茶は、次第に独自の喫茶習慣となり、幅広い国民に親しまれるようになっていました。イギリスの茶の輸入量を史料から拾うと、イギリス東インド会社が中国から直輸入を始めた1689年に約11t、ボストン・ティーパーティーの少し前(1760年)には約2800t、アヘン戦争の6年前(1834年)には約14500tまで膨らんでいます。
18世紀から19世紀前半、茶のほとんどは中国から輸入され、支払いには銀があてられていました。イギリスでお茶の人気が高まると、中国からお茶の輸入が増大し、中国へ渡す銀も増えます。イギリスと中国の間に大幅な貿易不均衡が生じ、銀は一方的に中国へ流れ込むようになりました。
これを是正するため、イギリスは、当時開拓していたインドから、中国へアヘンを売ることにします。当時の中国では、アヘンは薬として扱われていました。その一方で、媚薬の虜になった常習者が増え、それを助長する密輸、アヘン屈なども増加していました。イギリス政府はこの動きにのり、茶によって中国に流出した銀を、アヘンによって取り戻すことに成功します。
今後は、中国・清王朝が、国内のアヘンの蔓延による銀の流出、国力低下に直面します。これを憂いた中国は1839年、アヘンの輸入禁止、密貿易の取り締まりに乗り出します。密輸に係わるヨーロッパ船には、アヘンを没収する代わりに茶を支給しました。しかし、納得のいかないイギリスは、強硬な中国と小さなもめごとを繰り返し、やがて武力に訴えます。
このアヘン戦争にイギリスは勝利し、1842年の南京条約で中国から香港を奪い、中国における自国の権利を一層伸張します。中国国内の混乱は、お茶の生産にも影響を与えます。実は同じ時期、イギリスはインド植民地でのお茶の生産を模索しており、それから半世紀後には、インドからの輸入量が中国を上回るようになるのです。

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