お茶の歴史

お茶の歴史①

投稿日:2017年4月8日 更新日:

お茶の健康効果が次々に明らかになっている一方で、家庭でも、急須で丁寧にお茶をいれる習慣が減っています。お茶を飲む習慣は徐々に日本 から失われつつあります。日本での緑茶の生産量と、国内消費量も減少傾向にあります。

お茶を毎日飲むだけで、びっくりするくらいの健康効果があるのです。

お茶の歴史①

お茶は、今から4000年以上も昔、中国で薬として、食べられていました。その後、飲み物として楽しまれるようになるお茶が日本に伝わったのは、 1200年くらい前のことです。 始めはとても貴重でお坊さんや貴族の飲み物でしたが、戦国時代から江戸時代になるころには、みんなにも飲まれるようになりました。 今、私たちが飲んでいるペットボトルやカン入りのお茶のように、お茶はその時代ごとに飲み方などを変えながら、日本人になくてはならない飲み 物であり続けています。

 

お茶の起源

茶の原産地は、「中国南部の雲南省からインドのアッサム地方にかかる山地」という推測的な説が一般的ですが、考古学的な証拠がないため明らかではありません。

茶がアッサムなどに自生するアッサム種と、中国に自生する中国種と、形態的にも生理生態的に大きいちがいがみられるところから二元論を唱える研究者と、大差はないという見方から一元論を唱える研究者とがあり、必ずしも決着をみていません。760年に唐の学者であり禅師である陸羽の著した世界最古の茶の科学書「茶経」に「茶は南方の嘉木にして…」とあることから、「中国南部の雲南省からインドのアッサム地方にかかる山地であろう」という説が説かれています。

 

紀元前までさかのぼるお茶の起源

中国の歴史の中で、お茶が登場するのは、「神農(しんのう、農業・漢方の祖)」の逸話からとなっています。
神農は、野草とお茶の葉を食べていたと伝えられています。この伝説から、お茶の発見は紀元前2700年ごろ、神農時代と考えられます。

漢の時代(紀元前1世紀)の医学書『神農本草経(しんのうほんぞうきょう)』には、「茶味苦、飲之使人益思、少臥、軽身、明目」の記述があります。すでにこのころ、お茶はよく知られていたようです。また、四川の王褒(おうほう)が記した、主人と奴隷との間で交される契約文『僮約(どうやく)』の中に、「武陽で茶を買う」とあります。これによると、当時すでに飲茶の習慣があり、売買が行われていたことがうかがい知れます。この『僮約』が、現段階では茶具に関する最初の文献とされています。このころからお茶は、主に上流階級に嗜好品として愛飲されるようになります。

唐の時代(760年ころ)、陸羽(りくう)の記した『茶経』は「茶者、南方之嘉木也(茶は南方の嘉木なり)」で始まっていることから、初期のお茶は南方で始まったと考えるのが定説です。

もひとつ、中国に古くから伝わっている神話で、三国時代の天地開闢説による伝説が茶の始まりを伝えている説もある。

紀元前2700年頃の天地創造時代の神話で、天地創造のはじめに三人の皇帝(伏義氏、 、炎帝神農氏)が登場する。

人面蛇身の伏義氏は食物のことを人々に教え、 炎帝神農氏は産業を興し、医術を教え、火をつかさどり、火の使い方を教えた優れた知性の神とされていて 、医術の神で衛生的であり、生水を飲まず、火を使って水を煮沸して飲むことを人々に教え、神農自らも煮沸したものしか口にしなかったといわれている。

この炎帝神農氏がある晴れた日の午後、野原の下手の小さな 野生の木陰の下で彼の研究書を見ながら休んでいた。 しばらくすると、彼は喉が渇いてきたので、 小川のほとりで清水を汲み小さな火鉢の上でお湯を沸かし始めた。
ちょうどお湯が沸騰し始めると、突然そよ風が吹いてきて、小さな木から3枚の葉がひらひらと舞い落ちて釜の中に入った。 それが煮沸され
ると、次第に芳香を放ちはじめ、美しいすい色となった。この煮沸された湯を飲んでみると、香り高く、味もよいので、早速この木を調べてみると、茶の木の葉であった。 神農氏は、この茶の木の葉の事を人々に教えたので、人々は茶を飲む事を知り、この葉の加工を研究して、さらに美味しく飲む方法を考えたといわれ、これが茶のはじまりとされている。

中国神話もインド伝説も、ともに神話の域を出ないもので、作り話といわれるほど根拠のない話ではあるが、舞台が中国であることは一致しており、茶の始まりは中国であり、茶が昔から薬用効果があり、特に不老長寿の霊薬としての神秘的な薬用効能が重視され、宗教と結びつき、一般的な飲み物となる前に宗教的、政治的、儀式的なものとなり禅や茶道に発展するのも、この発祥の神話に基くものと思われる。

実際に茶が文献にあらわれるのは三国志 (西暦242年~283年) である。 「呉の人、茶を採り之を煮る」との記述があり、茶の発祥の地といわれている西南夷の雲南から野生の茶が四川省に伝播したものと思われる。 西暦386~535年頃の間に、茶の製造や飲用について文献に残されているものもあり、漢代から三国時代、唐代にかけて本格的に飲み物として普及した。 茶樹の栽培は350年頃といわれ、最初の種子は四川省の丘の斜面に植えられ、茶の飲用も各地に広がっていった。 漢代 (620~907年) には、茶の栽培も山岳地帯の奥地から揚子江に沿って下り、やがて中国全土に広がるようになった。 茶が中国全土から国外にまで知られるようになったのは、780年代唐代の中頃、文人陸羽が著した「茶経」のによるものである。 「茶経」は茶の古典といわれ、全3巻、10篇にわかれ、茶の植生、用途、製造方法、製造機具、茶の入れ方、茶道具など、当時の茶の全てを解説した大作である。 この書によって中国はもとより世界各国に茶が知れわたり、今日の茶業の隆盛をみたのであり、これにより今日でも陸羽は「茶神」として崇め奉られているのである。

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